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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)378号 判決 1972年7月14日

理由

一  第一審被告組合が竹中食品に対し、本件(一)ないし(五)の手形を振出したこと、竹中食品が本件(六)ないし(八)の手形を振出し、第一審被告組合がその引受をしたことは当事者間に争いがない。《証拠》によれば、竹中食品がその後三回にわたつて商号を変更したのが原審被告二幸建設興業株式会社であり、竹中食品と原審被告会社は同一性を有する会社であることが明らかである。《証拠》を総合すれば、原審被告会社は、第一審原告会社に対し、拒絶証書作成義務を免除のうえ白地式で本件(一)ないし(八)の手形を裏書譲渡し、第一審原告会社は、訴外株式会社第一銀行に取立委任裏書をし、同銀行が本件(一)の手形を満期の翌々日に、本件(二)ないし(八)の手形を各満期にそれぞれ支払場所に支払いのため呈示したが、いずれも支払いを拒絶されたことが認められ(本件(六)ないし(八)の手形の支払拒絶の点は当事者間に争いがない。)、右認定を左右するに足る証拠はない。そして第一審原告会社が現に本件(一)ないし(八)の手形を所持していることは、弁論の全趣旨に徴し明らかである。

二  よつて第一審被告組合の抗弁について判断する。

(一)  《証拠》によれば、

(1)  原審被告会社は、もと缶詰の製造販売を業としていた頃、第一審被告組合からその原材料を買入れていたが、昭和三六、七年頃から同組合から融通手形の振出を受けるようになつた。それは、後記認定のとおり、原審被告会社は、第一審原告会社との約定により、委託を受けた缶詰の販売代金の形で第三者振出の手形を第一審原告会社に渡せば、仕入代金の支払いとして第一審原告会社振出の手形を貰えることになつたので、第一審被告組合振出の融通手形を右に利用するためであつた。

(2)  第一審被告組合は、昭和三七年七月一一日から同月二七日までの間を振出日とする本件(1)(2)(3)(四)(5)の約束手形を融通手形として振出して原審被告会社に交付し、その見返手形として、同会社が同年六月一五日から同年七月三〇日までの間に振出した本件a、b、c、D、eの手形を受領した。さらに第一審被告組合は、同じく融通手形の趣旨で、同年八月二三日、原審被告会社振出の本件(六)(七)(八)の為替手形の引受をなし、その見返手形として原審被告会社が同月一四日から一八日までの間に振出した本件F、G、Hの約束手形を受領した。

(3)  これら原審被告会社が見返手形として振出した約束手形の満期は、第一審被告組合振出もしくは引受の手形の満期よりいずれも数日早く到来するようになつていて、原審被告会社が先に決済するようになつていた。

以上の事実が認められ右認定を左右するに足る証拠はない。第一審被告組合は、原審被告会社に対し融通手形を振出すに際し、各自が振出しもしくは引受けた手形は振出人もしくは引受人において決済するが、もし原審被告会社がその振出した約束手形の支払いをしなければ、第一審被告組合は、自ら振出した約束手形もしくは引受けた為替手形の支払いをしない旨の約定をしたと主張する。原審被告会社が振出した見返手形の満期が第一審被告組合の振出もしくは引受けた手形の満期よりいずれも数日早く到来するよう仕組まれていたことは、前認定のとおりであるが、このことより、当事者間において原審被告会社が融通手形の決済について融通者である第一審被告組合になるべく迷惑をかけないようにすることを意図していたことは推認するに難くないにしても、右は、せいぜい融通者である第一審被告組合に資金負担の迷惑をかけないというにとどまり、右融通手形が第三者に譲渡された場合においても、―融通手形は、元来第三者から割引を受けることを目的とするものである。―第一審被告組合に何らの手形上の責任を負わせないとまで意図していたとは認め難く、他に第一審被告組合と原審被告会社間に右の如き内容の特約がなされたと認めるに足る証拠はない。

(二)  《証拠》によれば、

(1)  原審被告会社は、昭和三六年四、五月頃から第一審原告会社との間で缶詰の取引関係を結んだ。原審被告会社としては、その製造する全缶詰を買入れて貰うつもりであつたところ、第一審原告会社が買入れたのは、学校給食用のあさりの缶詰のみであつた。そこで原審被告会社としては滞貨の増大に苦しみ、その結果当然資金不足を来したので、第一審原告会社に実情を訴え、前手形の借用を申し入れたところ、第一審原告会社は、金融上同会社の手形がほしいのならば、缶詰を他に売却して、どのような手形でも持つてくれば、そのとき仕入れをおこし、代金支払いの形式で手形を渡すことを約した。原審被告会社は、缶詰の販売代金の手形は、それを入手するのに相当の期間がかかり、またそれだけでは不足するので、第一審原告会社に交付する手形として使用する目的でその直後頃第一審被告組合に融通手形の振出を依頼した。

(2)  そして原審被告会社は、第一審被告組合が振出しもしくは引受けた本件(1)(2)(3)(四)(5)(六)(七)(八)の各手形を売却先から受け取つた手形として、第一審原告会社に裏書譲渡した。

(3)  原審被告会社は、昭和三七年八月中旬頃から経営がきわめて苦しくなり、ついに本件見返手形とは別に第一審被告組合あて振出していた金額四〇万三、二〇〇円、満期昭和三七年八月一七日の約束手形を不渡にし、銀行取引停止処分を免れる方法を講じざるをえない破目に追い込まれ、他の発行手形の決済も危ぶまれるようになつた。

(4)  そこで原審被告会社は、本件aの手形の満期の直前である同年九月上旬頃、第一審被告組合に対し同月中に期限の到来する本件a、b、c、eの各手形について支払延期のため書替えを求め、これに伴つて第一審被告組合振出の本件(1)(2)(3)(5)の各手形の書替えを求めるとともに、第一審原告会社に対しては内入弁済をすることにして右手形の書替えの諒承を得た。第一審被告組合は、やむなく右要請を諒承し、順次右a、b、c、eの各手形の書替手形として本件A、B、C、Eの各手形の交付を受けるとともに、右(1)(2)(3)(5)の各手形を原審被告会社を通じて第一審原告会社から回収して、これを本件(一)(二)(三)(五)の各手形に書替えた。

(5)  原審被告会社は、同年九月一一日取引停止処分を受け、本件A、B、C、d、E、F、G、Hの各手形は支払われなかつた。なお第一審原告会社が原審被告会社に交付した手形はすべて支払われた。

以上の事実が認められる。《証拠》中には、原審被告会社の当時の代表者竹中新一が第一審被告組合の事務所に赴いて前記手形の書替えを要請した際、第一審原告会社の東京駐在重役前田春雄も同道して種々口添えした旨の供述があるが、右供述によるも前記竹中新一と同道した者が真実前記前田春雄であることは必ずしも明確ではなく、《証拠》によるも、これも認めることができず、《証拠》と対比し、さらに第一審原告会社としても特に本件各手形の書替えを要請すべき合理的理由の乏しいことを考え併せれば、前記供述は措信することはできない。又《証拠》中、原審被告会社から手形書替えの要請があつたのは昭和三七年七月あるいは八月である旨の供述は、前記各証拠と対比して措信し難く、他に前記認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  いわゆる融通手形の振出人は、右手形が利用されて被融通者以外の人に渡り、その者が手形所持人として支払いを求めてきた場合には、手形振出人になんら手形上の責任を負わせない等当事者間の特段の合意があり、所持人がかかる合意の存在を知つて手形を取得した特段の事情のないかぎり、その者が融通手形であることを知つていたと否とを問わず、その支払いを拒絶することはできないと解するを相当とする(昭和三四年七月一四日最高裁判所第三小法廷判決参照)。そして書替手形については、書替前の旧手形の取得のときを標準として右悪意の有無を判断すべきである。本件(一)(二)(三)(五)の各手形の書替前の旧手形である本件(1)(2)(3)(5)の各手形及び本件(四)(六)(七)(八)の各手形振出に際し、第一審被告組合と原審被告会社間に前記の如き内容の特段の合意をなしたことは認められないことは前認定のとおりであるから、第一審原告会社が本件各手形が融通手形であることを知つていたと否とにかかわらず、第一審被告組合はその支払いを拒絶することはできないものといわねばならない。従つて第一審被告組合の抗弁は理由がない。

三  以上の次第であるから、第一審原告会社が本件(一)(二)(三)(四)(五)(六)(七)(八)の各手形の所持人として、その振出人もしくは引受人である第一審被告組合に対し、各手形金及びこれに対する満期の後である昭和三七年一一月二七日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払いを求める本訴請求は相当として認容すべきである。

よつて右と判断を異にする原判決は、その限度において不当であつて、第一審原告の本件控訴は理由があるから、原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消し、さらに本訴請求中原判決認容額を超える部分の支払いを命ずることとし、第一審被告組合の本件控訴は理由がないから、これを棄却する

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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